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2017.06.13 (Tue)

10年くらい前の話

先日、
中坊時代の話って聞いたことない
って言われたから、
あれ?そうだっけ?
とか思いつつ、
あ、でも、詳しい話って
そんなに書いてなかったかも…
って思ったので、書いてみる。

普通に書こうとすると
感情がぐちゃぐちゃになるので、
事実だけを並べてみる。

なろうと思えばなるけど、
別に、御涙頂戴の悲劇のヒロインに
なろうとなんて思ってない。
でも、あの頃、
神様は何でこんな運命を与えたのだろう?
とは何度となく考えてた。


入りたい部活がなかったネネに
吹奏楽部に入るか私立受験をするか
という意味不明な選択をさせた親。

半強制的に入部した中1の4月。
無事に希望のSAX PARTへ。

3年生は、ALTO2人とBARITONE1人
2年生は、TENOR1人
そして1年は、ALTOのネネ1人

夏のコンクールが終わると
3年生は引退し、2年生と2人になった。

3年生の進路が決まり始めて、
定演のために戻り始めた頃、
1年の学年末テスト直前の部活中に
2年の先輩から、
3月で部活を辞めると宣言された。

迎えた中2の4月。
SAX PARTはネネ1人になった。

5月、1年の男の子がALTOに
後から入部した同級生がBARITONEに。

7月、同級生がPETからTENORになって、
後輩が説明なく部活を辞めた。

夏のコンクールは2年3人で臨んだ。
初めての金賞を獲った翌日、
ネネは部長になった。

秋、PARTの2人が不登校になった。
部内は空中分解して、
顧問から活動停止が言い渡された。

この頃、学年での不登校は約10人。
吹部所属は4人。
理由は様々だったけど。

部長になっても
週1休みは変えなかった。
習い事の時間になれば早退してた。
どちらを100%にすることはできなくて
気持ち的にはどっちも100%だけど
結果的にはどっちも100%に届いて
なかったんだと思う。

コンクールの2日前も、
定演の前日も、
習い事のために抜けたこと、
色々言われたのは事実。

3月で、顧問が異動になった。
4月の離任式で顧問宛に読んだ手紙で
色んな先生に心配されたのも事実。

新顧問が講師と旧知の間柄だった。

5月、2・3年で24人しかいない部に
32人の1年生が入部。
ALTOに2人、BARITONEに1人、
途中入部の2年生がTENORに。
でも、BARITONEの子が間も無く退部。

コンクール直前にALTOの1人が
BARITONEになって、
コンクールで金賞取れて、
翌日、ネネは部長から降りた。

PETだった1年生がBARITONEになって
気づけばSAX PARTは
3年3人、2年1人、1年3人になってた。

最後の定演はこの7人で。
最初で最後だった。


…これが、多少端折りながらの事実。

3月の引退式の時の挨拶で
これをもっと端折った感じのことを
話したのは覚えてる。

共感してもらいたい訳ではない。
慰めてもらいたい訳でもない。
ただ、自分自身が環境の変化に
ついていけなくて、
受け入れるまでに時間がかかって、
よくわかんなくなってた。

ここまで動きのあるPARTは
あの3年間で他になかったから。

理想は理想でしかない。
来る者を拒まず、去る者を追わない。

中坊時代に染み込んだ考え二つ。
そう思ってないとやってけなかったから。

貴重な貴重な経験をしたよ。
元々平和主義で、保守的なネネを
さらに加速させたもん。

ほんと、不思議な3年間だった。


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