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2015.12.05 (Sat)

水晶婚式

15周年、おめでとうございます。

今日、こうして、お祝いできること、嬉しく思います。

15年前のあの日のこと、ネネは全く知りません。
当時の記憶も全くありません。
それが良かったことなのか、どうなのか、自分でも分かりません。
何故かって、感情が大きく揺れ動くから。

15年という節目の年の今日、自分の気持ちを綴ってみようと思います。
10周年の日はちょうど期末テスト期間だったし、あの頃からも気持ちはかなり変化しました。
ずっとずっと考えてきたこと、思ってきたこと、できる限り書いてみようと思います。

長くなるかと思います。
文章があっちゃこっちゃいくと思います。
でも、今、書いておきたい。



【More・・・】

本題に入る前に一つ。
この記事を書こうと思った今年の初め、今まで書いてこなかった名前を書こうと思っていました。
でも、ある日、とあるレポを読んで決めました。
これまでも書いてこなかったんだから、これからも名前は書かない。
この記事でも名前は出てこないです。


ネネが結婚の事実を知ったのはいつのことだったのか。
それは思い出せないほど、記憶に刷り込まれていた。
ごく普通のこととして、ごく当たり前のこととして、史実と以前書いたけど、そんな感じだった。
そこに特に違和感はなかった。

だけど、たっくんに運命を感じ、ネット上をさまよい歩き、ネットの波に揉まれていくなかで、報道のあった日のことを知った。
その時、どんな感情を抱いたのかは覚えていない。
10年前のことだと思う。
当時のワッツのレポも読んだ。
LIVEのレポも読んだ。
子供の名前、生年月日、知れる情報はできる限り探していった。
ネネは小さい頃から調べ厨だったから、どんどん調べていってたと思う。
当時使ってたノートに、調べること、知ったことをメモしていた。

こないだ実家に帰ったときに見つけたものがあった。
2005年11月にワッツに送ったFAX。
33歳の誕生日をお祝いする文章とともに、結婚5年をお祝いする文章を書いてた。
だから、たぶん、そこに違和感はなくて、ごく当たり前にお祝いしていたんだと思う。
残念ながら記憶が飛んでいるけど。

既に運命感じていたし、本気でたっくん好きだったし、でもなんだろ、そこに障壁が存在していなかったんだと思う。

中学に入ってから、さらにいろんな情報を得るようになったのは確実な話で。
ネットサーフィンは毎日していたし、ワッツのレポも読み倒していた。
2000年4月の出来事も、そのあたりのワッツのレポも。
全部じゃないけど、あの日からの2ちゃんのスレも読んだ。
気持ち悪がられるかもしれないけど、リアタイで知らない自分としては、それは歴史オタクのような気持ちで、知り得ることはいくらでも知ろうとしていた。

でも、2008年に出版されたとある本を読んで、泣いたのも事実。
なんでネネは、知らないんだろう?って思った。
『知らない=恥ずかしい』という感情が元からあったけど、それとはまた違った。
じゃあ、今のネネはどうなんだろう?って思ったけど、それも回答がなかった。

彼女が出てる番組はできる限り見ていた。
今思うとぜんぜん見てなかったんだけど。
そこで知り得た情報はメモして、忘れないようにして。
色んなことを知っていくことに、喜びはなかった。
ただ、空白の多いネネの頭の中の年表を埋めていく作業のような側面もあった。

でもね、2006年に出た【ありがとう】で、「人を愛した」ってたっくんが歌ってることに嬉しさと複雑さがあったんだ。
たぶんその頃からだと思う。
変な違和感を抱くようになったのは。
知りたいことは知りたいんだけど、知ったところで必ずしも幸せにならない。
でも知りたくて、調べる。
すごく矛盾してるって自覚し始めた。

その違和感が高校に入るとどんどん強くなっていた。
新たに知ったことが増えれば増えるほど、そこに嫉妬してた。
そこってどこだ?((笑

ネネが中3から髪を伸ばし始めたのは、たっくんが起因してるのか、ってこないだ考えていた。
日焼けすることに抵抗がさらになくなったのは、たっくんが原因なのか、とも考えた。
どうやったら近づけるのか、どうやったら振り向いてもらえるのか、そんなことを当時から考えていた。
だから、高2のある時、とある写真を見て、衝撃を受けた。
でも、パッツン前髪にする勇気はわかなかった。
だけど、それがあったから、高3になって、金田さんのところへ行った。

5年前の高2の年はある意味、ものすごい進歩の年だったと思う。
【君のままで】を歌ったのもこの年。
ファンクラブの存在を知ったのもこの年。
DSのレポを読み始めたのもこの年。
勉強が大変だったくせに、何調べてんだよってぐらい。
週刊誌とか大嫌いだけど、中学の時から立ち読みはしていたから、その検証のようなことをしていたのかもしれない。

でも、感情の起伏は大きくてさ。
LIVEのソロでは毎回一人で号泣しててさ。
11月はすっごい喜びに満ちていたのに、12月になったら聞きたくないとか。
「土いじり」発言とか、木梨さんの番組とか…ね。
すっごい頭がぐちゃぐちゃになったのは事実。

あ、でも、これは大学に入ってからかな。
ある人に言われたんだ。
「調べるってことは、気になるってことは、受け入れられるってことだよ」って。
受け入れられる準備ができているってことだって。
その時、それまでにないくらいの衝撃があって、パニックだったの。
知っていたし聞いていたけど、それが本当だって、事実だってこの眼で確認しようとさまよっていたから。
でも、その言葉を聴いて、ストンと気持ちが落ち着いたのね。
そうか、そうだよね、って。

とはいえ、「知る→衝撃→パニック→でも調べる」って行為はやめられなかった。
空白だらけの年表を埋めていく作業をやめることはできなかった。
「知らない=恥ずかしい」という気持ちは薄くなっても、ゼロになっていないからかな。
ってヵ大学に入って、行動範囲が広がったのと同時に、SNSの範囲が広がったのもあり、確実に加速していった。

もちろん、ネットで生きていく中でいろんな人がいることを知った。
結婚を機にファンをやめた人、こーゆー話を避けたがる人、「慶事なのに」という考えの人。
どれがダメ。ってことはないのに、それを決めたがる人。
逆に、「受け入れるのが当たり前」と言い張る人。

ネネは何に当てはまるんだろう?
さっきから言ってるように、そのときの気分によってものすごいふり幅があるから、ネネはこうです!とは一概には言えない。

でも、他のジャニーズ、俳優、タレントが結婚するたびに思うんだ。
ネネは、あの時、今のようにファンだったら、ファンであることをやめていたかもしれない。
正直なところ、それは、時々考える。

だから、って言ったらダメかもしれないけど、「たっくんのファンでよかった」って思うこともある。
これがもし、同い年のタレントのファンだったら生きていけないって何度も考えた。
耐えられない。
ネネはそんなに強くない。
だって、同い年って、あまりに近すぎる。

でも、一方で、幸せそうな結婚会見を見ると、そこに違和感を抱くこともある。
社会が祝福してるみたいな感じにすごく違和感がある。

ちょうど3年前。
話題になってた時は見てなかったんだけど、ふと思い立って、某所にある15年前のWSを集めた映像を見始めた。
でも、①がまだまだあるぐらいで、吐き気がして、見るのをやめた。
その時は原因不明だった。
後日、すっごい悔しい思いをした時に勢いで全部見てしまった。
吐き気は少しあったけど、傍観できた。

そしてここ1年くらいでようやくわかったんだ。
WSでの文脈の作り方に嫌悪感があったんだって。
だから、他のタレントの時にも違和感があったんだって。
だけど、それは過ぎてしまったことだし、他のタレントに関しては完全人事の感じがしてるから、違和感があってもいっかなーってスルーする強さは持てるようになった。

でもね、ネネが「社会が祝福してる」感を感じていたタレントでも、ファンはそうではなかったってことを最近知ってね。
その文章を読んで、泣いてしまった。
そのくらい、感情が乗っかったんだよね。

今現在、特にTwitterなんて、アノミー的状態で。
おいおいおい。って思うこともあるんだけど、そこを求めてしまう自分もいて。
知らなかったことがどんどん知れて、なんかすごいことになってる。
まだまだ知らないことってたくさんあるんだ!って思うし、いくらでも知りたい!って思ってしまう自分がいる。
一方で、そこにストップをかけなきゃいけないって思ってる自分もいる。

もう、何が正しいのかわかんなくなってる。
自分が何をしたいのか、どうなりたいのか、何が一番幸せなのか、わかんない。
わかんないからこそ、歯止めが利かなくなってるんだと思うし、その先に幸せを求めているのかもしれない。

もうすぐ3500字になるし、そろそろまとめたいと思うんだけど。
結論ってないんだよね、この話題に関しては。

でも、ネネは、たっくんが幸せでいることがネネの幸せに繋がると考えるから。
すぐに受け入れられなくても、いつか受け入れられるようになると思うから。
たっくんのふわふわの笑顔が見られるのが一番だから。
だから、たっくんのことも、たっくんが大切だと思う人たちのことも、ネネは大切だと思うから。

ただ、ここまで受け入れ態勢ができてきたところに、【アイムホーム】は辛かった。
ネネが一人で泣いていたのは、リアルはいいけどフィクションはダメだったから。
それに気づけたのもクールの途中だったんだけどさ。
だから、記者会見後に届いたメールにほっとしたし、初回放送日に出た雑誌に幸せを感じていた。
ネネはそうゆう人です。

そして、もうネットの世界に飛び込んでから10年以上経ってしまっているし、その前から、小さい頃からの調べ中毒は一生治らないと思うから、新しいことを求めていくことはやめられないと思う。
これはたぶん、1年とかネットのない世界にいないと治らないと思う。

でも、たっくんが幸せそうでよかった。
一度だけ、二人を見たことがあったんだ。
見たことない顔してた。
でも、それを見た時に、ものすっごい幸せを感じたんだ。
これが当たり前にあることなんだって思ったんだ。

今、とっても穏やかな気持ちで、この文章を書いてる。
最近はこの感じが続いてる。
このまま、このいい感じのまま、いい距離感でいたい。

たっくんと21歳違うし、15年前はネネは小学校1年生でした。
でも、22歳の今、こうしていられることに、感謝します。

ずっとずっとたっくんはネネの大切な人です。
それと同時に、たっくんの大切な人はネネの大切な人です。

ずっとずっとずーーっと、笑顔を見続けられますように。

改めて、結婚15周年おめでとうございます。

 
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